ヴァリエーションが好きやねん vol.2

冬枯れの廃村八丁 11.11.23



▲青空をバックに立ち枯れのオブジェ

これまでに廃村八丁に行こうと二回足を運んだが
天候異変などのためにたどり着けなかった僕にとってはいわく付きの場所。
今回ようやくのことで廃村八丁の地を踏むことができた。
● ● ●
今年の紅葉は不作だねと、佐々里峠へ向かう車中、その話題で盛り上がっている矢先、
道路脇に今が盛りか思える真っ赤な紅葉が目に入って来た。
今日は、ひょっとしてまだ紅葉があるかもという淡い期待感を抱いたが・・・。

佐々里峠9時レディゴー。

冬枯れですっかり落葉してしまった立木は、車中で抱いた期待とはうらはらに
所々にわずかに紅葉を残すのみであった。




860mの分岐を目指す途中、一人の登山者に追いつかれた。
道中、ことばを交わしながら進むと
どうやらこのあたりの山域の地理には詳しいみたいで
860mの分岐の道標も彼が設えたとか。

落葉してしまった木々の中で
わずかに残っていたカエデの紅葉がひときわ目につく。そして、それは美しい。




860mの分岐点。
予定ではここからダンノ峠に下り、刑部谷(ぎょうぶだに)から
廃村八丁に入る予定だったが、予定を変更して品谷山経由の逆回りに変更した。







品谷山をめざす。
冬枯れの自然林の中を進んで行く。ゆるやかな傾斜で歩きやすい。




10時30分、品谷山のピークを踏む。
昨年、別ルートから入りこのピークで鍋を囲んだ記憶がよみがえってきた。




品谷山から南西に下ったあたりに品谷峠があるはずである。
ところがない。
品谷峠はどこやー???
GPSに入れておいたルート図上にある品谷峠を示す道標がない。
ルート予定図の谷には人の踏みあとらしきものがない。
あっちこっちと少しのアルバイトを経ながら
品谷峠の道標を発見したから一件落着したようなものの
原因はなにかと詮索してみると
国土院の品谷峠の名称の位置が間違っていることに帰着した。




廃村八丁を目指して谷を一気に下って行く。
予定のルート図通りの谷を下りても途中で合流することを確認した。

右岸から左岸へ、左岸から右岸へ何度も徒渉を繰り返す。
途中、一人が水の中に片足を滑らせて靴を濡らした。







紅葉に負けじと黄葉も残っていた。




写真などで見たことのある馴染みの光景が視界に入って来た。
そこからさらに奥へ進んで行くと廃村八丁の会が運営する小屋があった。




小屋番らしき人が一人、炭火をおこしていた。

「暖をとりながら昼食をしなさいよ」の言葉に甘えて
炭火を囲みながらの昼食とあいなった。

小屋の裏には、ドラム缶でこしらえたお風呂があった。
小屋番の人曰く、
「お風呂はご自由に入ってください。
 ただし、水は谷から自分でくんできて、湯は自分で沸かしてください」と。
 (茶目っ気たっぷりな説明でした!!!)

また、廃村八丁の山域では道に迷う人がおられ
つい最近も地元の消防隊が捜索のために出動したようなことも話されていた。



           今日の仲間は、ハラッチさん、キャットさん、小生

小屋番の人との歓談のひとときを終え、廃村八丁をあとにした。

帰りは、刑部谷からダンノ峠へ。
刑部谷も何度も徒渉をくりかえす。倒木があったりして、道は荒れていた。
ちょっとしたバリエーションチックになってきた。







無名の滝が出現。
この滝は右岸から巻けるようになっていた。
巻道に作られた木製の渡り廊下は朽ちて壊れていた。







続いて現れた滝は、刑部滝。
高さは、見た目には15mほどなのだが
この高巻きが高度感たっぷりで、滝の倍以上の高さを登らなければならない
巻き道にはザイルが設えてあったので、慎重に登れば難なく登ることができたが
今日の山行にメリハリをつけるのに格好の登りだった。







高巻きを終えて、ふたたび谷に降り立ってやや行くと
自然林の中に同志社大の研究小屋みたいなものが出現。
(人気のない自然林のなかで何を研究しているのだろう?)

そこからダンノ峠までは癒し系の自然林の中の緩やかな登りが続いた。




ダンノ峠から佐々里峠までは
芦生杉のような長い年月を経て来ただろう大木や
立ち枯れのオブジェのようなものが目をひいた。




午後3時30分、佐々里峠に戻る。

これまで二回ふられた廃村八丁の地を踏むことができたので
自分の中の一つの宿題を片付けることができた。
次回、訪れる時は、雪に埋まった廃村八丁に行ってみたいなと。



  1. 2011/11/25(金) 00:31:56|
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ワサビ谷~地獄谷左俣~日本岳~笙ノ窟尾根



▲日本岳から東へやや行ったところの痩尾根

GPS購入後、それを携行しての山行は、今回で2回目。
前回は詳細な山地図も入れていなかったのでGPSの威力をさほど感じないままに終わった。
今回は山地図も入れ、ルート図も入れ、
前回よりもそれなりにGPSの使い方も手のうちに入れ万全の体勢で望んだ。

● ● ●

大台ケ原に通じる道は169号線の前で通行止め。
目と鼻の先のワサビ谷にも入って行けない。
しかたなく169号線をバックしたところの脇道に停めた

7時20分レディゴー。




ガスが晴れ渡り、澄み切った視界の中に稜線が突如姿を現した。
右から大晋賢、小晋賢、そして植林に遮られ気味の日本岳。
それを見ると、きっと厳しい山行になるだろうなと言う思いが頭をかすめた。




ワサビ谷の林道が絶えたところから、やや尾根裾に上がり
右手に谷を見ながら進んだ。
夏の季節なら幽玄の雰囲気を醸し出しそうな苔が岩や枯れ木にいっぱい繁殖していた。

地獄谷本流に入ると大きな石が川原を埋めていたが、水の流れはない。







予定の地獄谷の二股に着くと、GPSから携帯メールの着信音みたいな音が鳴る。
初めてその音を聞いた時、何の音だか合点がいかなかったが
僕がGPSに入力したルート図のポイントに達すると鳴るような仕組みになっていることに
何回かその音を聞くうちに腑に落ちるようになった。

予定では、そこで左俣に入ってから尾根筋に乗る予定だったが
リーダーは左俣を振り向きもせず本流方向へ進んで行く。

「リーダーそっちと違うんだけど・・・」と声をかけても
僕の呼びかけに反応しない。(笑)

左俣に入って行く計画を立てたのはリーダーだが
その二股を前にして立ってみるとリーダーの三年前の記憶とその二股の光景が結びつかないらしい。
結果、リーダーが谷奥まで分け入って見てくることに。

その間、待ちぼうけを食らって地図とGPSを符合させている僕は
地獄谷の左俣はさっきの所しかないんだけどねぇと、一人ごちる。

こんな案配で、今回は三回のアルバイトを経験することになったが
そのアルバイトの是非についてはここでは触れない。(笑)




30分ほどのアルバイトをしたのち、軌道修正をして
予定の左俣の尾根を目指して斜面を這い上がる。

尾根斜面を這い上がってゆくと、枯れ葉に埋もれた山道らしきものが出てきた。
その山道は1970年代のエアリアマップには載っていて
今は廃道になっている地獄谷から大晋賢に行く道らしかった。

安直にその道をたどって行くが、高度を変えて地獄谷を見ながら進んでいることにかわりがないことに
気づいたところでUターン。




Uターンして尾根斜面を再び這い上がって行くと、またまた廃道らしき道が出てきた。
懲りない面々は廃道に誘導されるように行けるところまで行ったが
今度は地獄谷の長い斜瀑が出現。
その斜瀑を徒渉できたところで廃道がどのように続いているのか定かではない。

そこでまたまたUターン。

三度のアルバイトを消化しながら予定ルートにやっともどることができた。。







軌道修正もできたことだし、気持ちも入れ替えて再びゴー!!!

澄みきった青空に映える大小の晋賢が、見る位置を変えると新鮮!!!




P1505を目指して南へ進むが
次から次へと立った岩壁が出てきた。

予定では、H1350あたりから西に大きくトラバースする予定だったが
なんとか登れそうな岩壁だったので、
トラバースせずにそこから南へ直線的に進むことに決定。

進んで行くにつれて、テープや朽ちかけた残置ザイルが目にはいってきた。

核心の岩場では、一人が左から、残る二人は右からチャレンジ。
左からの方が容易かったみたいで
右からチャレンジしてワンムーブが出ないで四苦八苦している
二人にザイルをだしてもらった。
ザイルのおかげで難所を無事にクリア。

核心を過ぎても、厳しい傾斜の登りが続く。

残置ザイルは相当古いみたいで
身体を預けるには心もとないものに見えた。










難所をクリアしても、斜面が立ってくるので油断は禁物であった。
あと稜線まで50mの登りは気がぬけなかった。




12時40分、日本岳のピークを踏む。

日本岳のピークは、展望のきかない
山名板が植林に打ち付けられただけのひっそりとした所だった。

ひっそりとしたピークとはうらはらに
和佐又から続く登山ルートから元気な人の声が聞こえてきた。




           今日の仲間は、キッシャン、なためさん、小生

下山は笙窟尾根。一般ルートではない。

「ユキハヨイヨイ、カエリハコワイ」じゃないが、
下山の方がより気をつけなければならないところがあった。




ナイフリッジと言っても過言ではない、人の肩幅ほどの岩場を登って行くところがあった。
左右は立木が伸びているので、高度感はないが
もちろん足を滑らせば、イッチマッタダーの世界である。




そのナイフリッジを通過して背後を振り返ると、日本岳の勇姿が聳えていた。




午後3時過ぎ下山。

169号線の崩落による迫での迂回路を
片側通行のため通過するのに一時間かかったのは、マイッタ。

GPSを手のうちに入れて使ってみての感想は、
これはカーナビと同じで僕にとって山行には手放せないものとなった。



黄色の線は予定ルート
▲地図の右下をクリックすると拡大します。
  1. 2011/11/14(月) 12:06:44|
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高畑山 + 関宿散策



▲岩肌むき出しの岩稜帯

雨でなければ大杉谷へ行く予定だったが
降水確率50%の数字を前にして、その山行は中止になった。
代替え案として僕以外のメンバーは大半が、槇尾山へ岩トレに行った。

岩トレに興味のわかない僕はどこへ行こうか・・・と。

土曜日の雨雲の動きを見ると、午前中はなんとか持ちそうな気配である。
うまく行けば午後も・・・。
そんな微かな楽観的希望を抱きながら鈴鹿の南部の高畑山へ。
高畑山から那須ケ原山までどのくらい時間がかかるか解らないが
時計と相談しながら途中のUターンもありとの考えで向かった。
● ● ●




晴れていれば緑が美しい茶畑が広がる東海道自然歩道が通っている脇道に車をとめた。
午前9時レディゴー。
頭上の空模様は、青空を覗かせているところもあるが
いつ降り出してもおかしくないどんよりとした雲が支配している。

取り付きからやや行くと、鏡岩の標識がお目見え。
鏡岩の上に立つと、足下は切れ落ちている。
それほどの高度感はないので恐怖感はないが、
ガスさえなければ眼下に広がる眺めがきれいだろうなと思った。




鏡岩からピークまでいくつかのアップダウンがあるが
歩きやすい尾根通しの道である。
植林帯を抜けると、前夜の雨で濡れたクマザサで覆われたところも少しあったが
道はしっかりと踏まれている。




ガスに煙る中を歩いていても、眺望がないのでモチベーションがあがってこない。

途中、須磨アルプスを彷彿させるようなそのミニ版と言ったような岩場があった。
そして、そこにはトラロープが設えてあった。




取り付きからジャスト一時間であっけなく高畑山のピークを踏む。
振り返れば、あまり汗をかかなかったので休憩らしき休憩もとらなかった。

相変わらずガスに煙る視界。
晴れていれば、遮るものがないピークだけに眺めがいいのだろう。
しかし今日はそれがかなわない。
冬の到来近しを思わせる冷たい風が僕の体温を奪ってゆく。

時間はたっぷりあるけれど、ガスに煙る視界の中を歩くのは気持ちが乗ってこない。
さらに雨が降り出してくれば、低山といえども
滑りやすそうなところもあるだろうとの判断のもと
那須ケ原山への縦走は断念することにした。

遠くから眺めた高畑山から那須ケ原山の稜線は
のこぎりの歯のようにぎざぎざの形をしている。
雨が降ってきた時のことを考えると、ここで踵を返すのもしかたがないかなと。

ピークで四方の写真を撮るが絵にもならない。
いちおうピークを踏んだ証としてシャッターだけは押した。







そう言えば、昨年の同時期に近くの錫杖ケ岳に登ったけど
あの時は快晴だったのを覚えている。
そして見どころのある紅葉もあったのだが
今日はガスのため紅葉を愛でるのもかなわない。




那須ケ原への縦走断念となれば一気に下山へ。

上ってくる時には、誰にも会わなかったが
2人、5人、3人・・・と幾つかのグループが上ってきた。
時間が早いだけに、上ってくる人たちは僕をみて怪訝に思ったかも。
11時に駐車場に。




ここからはオプション。

関の道の駅で腹ごしらえをしてから
一度は歩いてみたいと思っていた関宿の通りを歩いてみることにした。
妻籠みたいに観光化されたところではないが
ひっそりとした佇まいの格子戸の家並みが続いている。
とにかくタイムスリップした気分を味わえるのは確かである。



▲どこまで続くのか思うほど長く続く旧東海道の関宿の通り






▲町並みに合わせてデザインされたおもしろい郵便ポスト



▲素泊まり3500円より、寝袋持参の場合は2500円に目が行く。(笑)


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▲入館料がいる建物、さすがにきれいに手入れされている



▲昔は横書きは右から書いていたのか



▲金文字も鮮やかな地蔵堂

山行を途中で端折った分、関宿を歩くことで埋め合わせをした一日(?)だった。チャンチャン!!!
  1. 2011/11/06(日) 01:20:26|
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