ヴァリエーションが好きやねん vol.2

大台ケ原~マブシ嶺 12.5.20



▲マブシ嶺の稜線

大台ケ原から尾鷲を目指して南へ古道をたどって行く途中にあるマブシ嶺。
地図を見る限りはいとも簡単に行けそうだが、
尾根が広いので進むべき道を失いやすい。
加えて古道は所々で踏み跡も確認できないほど消えかかっている所もあった。

● ● ●

大台ケ原駐車場9時ジャストにレディゴー。
僕にとって約八ヶ月ぶりの大台ケ原は、登山シーズンの幕開けにもかかわらず
駐車場は閑散としていた。

いつ泣き出してもおかしくないような空模様を気にしながらの出発。

尾鷲辻の東屋の天井には方位板が設えてあった。




尾鷲辻までは石を敷きつめた遊歩道が続くが
その先は踏み跡も薄くなり、人があまり入っていない古道だというのが一目瞭然であった。

踏み跡の薄い新緑のシャワーの中を進んで行くと
グリーンが支配的な視界の中で、
ひと際ピンクの花をいっぱい付けたミツバツツジが飛び込んできた。
たぶん遅咲きのミツバツツジかも知れない。




ブナ好きな人には堪らないようなブナの疎林が続く。
人のあまり入っていない所なので自然林が美しい。




大台名物のシャクナゲが今が盛りとばかりに咲き誇っていた。
そしてその蕾が愛らしい。






要所要所にテープが散見された。
古道に沿って歩くか、尾根通しに歩くか判断の分かれるところだが
今回、僕たちは予めネットで得た情報に基づきできるだけ古道に沿って歩いた。
しかし堂倉山の北西斜面辺りは傾斜がゆるやかで古道が判別しにくく若干戸惑った。

※結果を振り返れば、古道に沿って歩くよりも尾根通しで歩いたほうが
 道迷いのリスクは下がるかもしれない。




先頭と最後尾がGPSを携えているので、
ルートファインディングに関しては鉄板のつもりでのぞんだが
広い尾根の中に入ると立ち止まって歩を進めるのに慎重にならざるをえない所が随所にあった。
そしてその都度、全員で検証し、合意した上で歩を進めた。




古道が立ち消えした斜面。
崩落しているところが4カ所ほどあったが巻けば難なく通過することができた。




古道を覆い隠すようなアセビがヤブ漕ぎを強いるのかと錯覚するような所もあったが
地倉山に近づくほどに古道は明瞭になっていった。










P1362から南西に進むがその稜線からマブシ嶺らしきものが見えて来た。




晴れていれば素晴らしい眺望が得られるのに至極残念であった。
ぼんやりながらガスの中に浮かぶ西大台に続く竜口尾根(りゅうごおね)が歩いてみたいと思わせた。




マブシ嶺手前にあるP1350のピーク。今回唯一の肩で息をした登りであった。




12時ジャスト、念願のコブシ嶺のピークを踏む。
大台ケ原から4時間はかかるだろうと踏んでいたが、3時間はコンパクトな山行の証明である。

そして恒例のメモリーショット。
今日の仲間は


向かって右から教授、yassan、キャットさん、小生

さあ、ビールだ、飯だと空腹を満たすべき準備をしていると
一瞬、興ざめのような通り雨がふってきたので
慌てて全員雨具を羽織ったが
羽織った直後にはぴたっと雨は止んだ。

太平洋を間近に眺めることのできるロケーションなのに
生憎のガスのため眺望は得られなかったがワイワイガヤガヤと一時間ばかりピークで過ごした。

たっぷり寛いだあとは、大台ケ原へピストン。
ユキハヨイヨイ、カエリハコワイの通り
迷い尾根に誘い込まれそうなところもあったが、早い目に気がつき事なきをえた。
そのまま進んでいればと思うとぞっとするような尾根であった。

16時15分、大台ケ原駐車場着。

行きよりも帰りの方が15分ほど余計にかかったのは何故だろう・・・。

※今回歩いたルートは、一般ルートではありません。
 よって、このルートを歩く場合は
 読図の熟練者同伴かGPSの携帯が欠かせないと思います。
 


  1. 2012/05/21(月) 14:42:24|
  2. 台高の山々
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北ア・北穂高岳 12.5.3-5



▲北穂沢の直登ルートを行く

今回の予定は、涸沢をベースキャンプにして
4日に北穂高、5日に奥穂高を登頂することだったが、
風雲急を告げるような天気のため5日の奥穂高のピストンは取りやめになった。

● ● ●

2日の夜、平湯の某所で仮眠。
3日、アカンダナからの朝一番のバスに乗車。

数年ぶりの上高地は、登山者がそれぞれの思いをザックに詰めて準備をしていた。

午前8時レディゴー。
梓川を流れる豊かな雪解け水を耳にしながら横尾に向かった。

横尾に着く前に、キャットさんが体の変調を訴えた。
キャットさんの負担を軽減すべく、ザックを他のメンバーで交互に持ったが
体調が戻らなかったので
やむを得ずキャットさん一人を横尾山荘に残し、五人で涸沢を目指した。




横尾谷を行くと屏風ノ頭が目に入って来た。
屏風という名のつく絶壁は多いが、鎮座する様は圧巻であった。

横尾本谷を過ぎて涸沢に入ると青空をバックに前穂の北尾根が浮かび上がってきた。




山の天気の移り変わりは早い。
高度を稼いで行くと広がっていた青空はたなびく白い雲が支配的になっていった。

行手を眺めると先行するパーティが米粒のように見えたが
涸沢らしきところはまだまだ見えない。




涸沢ヒュッテと小屋の分岐の標識。
そこからテント場までは目と鼻の先なのに
足取りは重くなっていて一歩一歩の歩みは限界を引きずるような状態になっていた。

午後3時過ぎ、涸沢キャンプ地着。
重いザックから解放された両肩は、自由を得たかのように軽かった。

色とりどりのテントが張られていた。そして僕らのテントもその仲間入りに。

夜は、キャットさんが用意してくれた食材で
鶏肉のすき焼きに舌鼓をうち、翌日の北穂高登頂に備えた。





午前6時45分、涸沢小屋横の北穂沢から北穂高岳をめざした。
トレースが階段のようにあるのでさほど緊張感を抱くことはなかった。

東稜の方に目をやると強者グループがいた。「すごい!!!』の賛辞を贈りたくなった。
またザイテングラードを経由して涸沢岳や奥穂高岳を目指す人たちの多さがやけに目についた。







よく見かける涸沢名物のテン場の光景だが何時見ても美しい。
100ぐらいのテントが張られていただろうか。
昨秋はこれが足の踏み場もないぐらいの1000を越えたらしいが、さぞ壮観だっただろう。




ピラミダルな情念、いや常念岳がくっきりと。
表銀座の嶺々で一番好きな山である。




前穂高の北尾根が素晴らしい。
吊り尾根の先にある奥穂高がついに下山するまで一度も拝めなかったのが至極残念であった。







アタックザックを背負っているだけなので体の負担は
前日のことを考えると雲泥の差であるが
傾斜が立ってくると自然と歩みは重くなってきた。ファイティン!!!













ピーク直下の雪質は、前夜降ったあられが堆積してしまっていた。

午前9時45分、北穂高のピークを踏む。

登り始めた時は青空が広がっていたのに
あいにくのガスのため楽しみにしていた冠雪した槍の穂先を眺めることができなかった。




恒例のメモリーショットは、
なためさん、すみこさん、yassan、教授、小生、(キャットさん)

小屋横に堆積した雪はまだまだ4メートルほどあった。

北穂高小屋の中で、まだ10時前だというのに乾杯!!!




下山はガスに煙る中をまっしぐら。




テン場に戻ると、横尾で休養していたキャットさんが上がって来ていた。
そしてその夜は、春キャベツの豚肉巻き、ポトフetcなど
ここは下界かとみまがうようなメニューで宴会をし、北穂高登頂の余韻に浸った。




翌日の奥穂高に備えて早めにシュラフにもぐりこむが
夜半になって、フライをとめてあったペグが2本ぬけるほどの
テントをなぐるようなみぞれまじりの強風が吹き捲くった。
風とテントを揺さぶるような音で心配になりまんじりともしなかった。
この風雨のため奥穂高登頂へのモチベーションは一気に下がり、
翌朝テント場から出たとき、風は幾分弱まっていたけれど
リーダーが登頂断念を宣言したので予定を一日繰り上げて下山することに。




横尾で昼食タイムをとり、食材の残りをかたずけるべく
昨夜に続いての宴会をした。
ちなみにメニューは、ちぢみとフライメンに八宝菜をのせたものだった。

予定を一日繰り上げての帰阪となったが、
北アルプスで僕たちとほぼ同世代の方達が遭難にあったとの悲報に接しいたたまれなくなった。(合掌)
  1. 2012/05/06(日) 23:09:54|
  2. アルプス他、大阪から遠い山
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